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年越し

早いもんで2007年も終わりらしい。
2007年が終わるってことは、平成19年も終わりなんだろう。
僕にとっては平成19年は日本に帰ってきてからのたった48日間しかなかったので、始まったと思ったらもう終わりである。昭和64年の次に短かかった。

平成19年はまったく何もせずダラダラと生活していただけだったが、2007年は、まぁ今さら言うまでも無いけど充実した1年だった。10年分くらいの出来事が1年に凝縮されたような年。

そんな2007年の締めは、群馬で過ごす予定。
ニューイヤー駅伝に出る友人の応援のために前日入りするからだ。

去年の年越しはスペイン、2年前はやはり群馬。
ここ何年も家で年越ししてない気がするなぁ。

ってことでこれから行ってきます。

皆さん良いお年を。
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by hide_o_81 | 2007-12-31 14:58 | その後  

トルコ西部、中部

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イスタンブールからまっすぐイランへ向かうには大体3通りくらいの道がある。と思う。
1.アンカラ、カッパドキア、スィワスを通る内陸の道。
2.黒海沿いをひたすら走り、トラブゾンから内陸に入る道。
3.その間の国道100号線というイラン国境まで続く幹線道路。

ディヤルバクルとかワン湖とか南東部を通ってくる人もいるが、PKK(クルド労働者党)が怖いので除外。

1の道は、アップダウンが大変そうなのでパス。カッパドキアもすでにバスで行ったし。
2は海沿いのくせにさらにアップダウンが厳しいらしいのでパス。
残ったのは3。幹線道路なのにあまりチャリダーは通らないので情報が無いが、地図を見る限りアップダウンは他の二つほどではなさそう。途中に見所はほとんどないけどまぁいいか。100号線でいこう。


ということで、45日ぶりにチャリ旅再スタート。
さっそくふらついてコケそうになる。

まずイスタンブールのヨーロッパ側からアジア側に渡らなければならないが、アジア側の道路はvery busyだという話を聞いていたので、ちょっと南のヤロバという町に船で渡る。
いよいよアジアだ。


トルコ人はめちゃくちゃ親切だ。イスタンブールではあまり感じなかったが、田舎に行けば彼らの本領発揮である。

ガソリンスタンドで休んでいると、店員が何も言わずにチャイやらお菓子やらを持ってきてくれる。
スタンドの前を通り過ぎようとするだけでも、「バタン!」と部屋の中から飛び出してきて「チャイ?チャーイ?!」と、ティーカップに砂糖を入れてかき混ぜるしぐさをして誘ってくる。
警官にさえも誘われることがあった。

それで何度もご馳走になった。
メシをご馳走になったり、家に泊めてもらったりすることも何度もあった。

それとトルコ人は超親日的だ。ここらへんの国(つーかおそらく世界中のほとんどの国)では、東洋人=中国人という"常識"が植え付けられているので、たいていは「お前中国人か?」とか「チン!」とか「チャ~イナ~」とか「チンチュンチョン!」とか言われるのだが、トルコだけは最初っから「ジャポンか?」が多かった。そして日本人だと言うだけでめちゃくちゃもてなされる。さらに、日本は素晴らしいだの日本人は頭がいいだの、大絶賛。トルコでは嫌な思いをすることなんてほとんど無かった。


イスタンブールを出て4日目の朝。レストランの隣に張ったテントを出ると、何と雪。
トルコ東部はかなり寒くて雪が降るとは聞いていたが、まさかこんなに西の方で降られるとは。もう4月中旬なのに。

そんな雪の中、1500mの峠を越え、延々と続くアップダウンを震えながら走る。スタンドでチャイをくれる人たちの優しさが一層心にしみる。

人んちに泊まったり、ガソリンスタンドでテント張ったり、工事現場の小屋に泊めてもらったり・・・。全て宿だったヨーロッパとはがらっと旅のスタイルが変わった。

トルコは景色もいいし、メシもうまくて、人も親切。
一番楽しかった国だ。


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ドゥズジェという町で泊めてもらったアブドラフマンさん一家。
店の隣の空き地にテント張っていいか?と聞くと、じゃあ家に泊まれと言われ、売り物のコーラとお菓子をくれ、ピザ屋でピザをおごってもらい、親戚の娘の誕生日会に呼ばれ、さらにチャイハネで町の偉い人を紹介され、翌日は当然のように朝飯が出て、出発前には売り物のミネラルウォーターを持たせてくれた。
曰く「旅人には優しくする。それがアッラーの教えだ。我々の義務だ。だからお前は何も遠慮することはない」。
泣きそうになった。

ちなみにこのドゥズジェは、1999年に起きた大地震の震源地である。この一家も、中心部にあった家が倒壊したため郊外の今の場所に新しく家を建てて引っ越したと言う。


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トルコの大地。


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休憩エリアで休んでいると、2人組のおっさんが車で乗り付けてきてビールを飲み始めた。
「お前も飲むか?」
いえ、コーラで我慢しときます・・・。


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アマスヤという町。岩山にお堂みたいなのがある。
なかなか居心地がいい。宿で一人でビール飲み過ぎてゲロ吐いた。


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昼過ぎ、空き地で休んでいると長距離トラックが3台止まって、ドライバー達がおもむろに料理し始めた。で、当然のように、
「ほれ、おめぇも食え」
カッコいい。


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トルコは山岳国家。


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工事中のガソリンスタンドで。
彼らの宿舎に泊まった。


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だんだん寂しくなってきた。


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長ーい登り。


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2160mの峠。推して歩くのもしんどいほどの暴風。


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エルジンジャンへの下り。
雪は消えたけど寒い。スキーグローブが効かない。


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3000mとか4000mとかの山。


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左の川はユーフラテス川の上流。
落ちたらイラク送り。


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真冬はどうなるんだろ・・・


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また峠。


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台地を走る。


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5月も近いってのに。


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【Media Info】

ところで25日の河北新報に僕の記事が載りました。
これ見てる人で河北新報をとってる人はあんまりいないでしょうけど。
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by hide_o_81 | 2007-12-26 13:50 | 振り返る ~アジア編~  

旧ユーゴ&ブルガリア&トルクメニスタン領事館

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ユーゴスラビアはかつて、「7つの隣国、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字により構成される1つの国」と言われたらしい。
その内訳は、
7つの隣国:イタリア、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、ギリシア、アルバニア
6つの共和国:スロベニア、クロアチア、セルビア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、マケドニア
5つの民族:スロベニア人、クロアチア人、セルビア人、マケドニア人、モンテネグロ人
4つの言語:スロベニア語、セルビア語、クロアチア語、マケドニア語
3つの宗教:カトリック、東方正教、イスラム教
2つの文字:ラテン文字、キリル文字
だそうで。
そりゃ何度も争いが起きるわ。

そんな争いの地を見てみたくなった。というか、見とかなきゃいかんと思った。
面白いものを見るだけが旅じゃないから。

ということで、トルクメニスタンビザの申請待ちの間に、旧ユーゴとついでにブルガリアを周ってきた。
列車1本とバス9本を乗り継いで、ベオグラード(セルビア)、サラエボ、モスタル(以上ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)、ドブロヴニク(クロアチア)、コトル、ポドゴリツァ(モンテネグロ)、スコピエ(マケドニア)、ソフィア(ブルガリア)をぐるっと。こんだけの国をわずか10日で周ったのでかなり駆け足だ。

まぁ、行って良かったかな。
色々勉強になったし。

詳しい感想は省略。


イスタンブールに戻ってきてすぐ、トルクメニスタン領事館に電話した。仮申請の時に、「ビザ取得の可否を本国(トルクメニスタン)に照会するから、10日後くらいに電話してくれ。その後に本申請に応じる」と言われたからである。そのために駆け足で10日で戻ってきたのである。

が、電話口の向こうで領事館のお姉さんは、「まだ本国から返答が来てないからちょっと待って。2日後あたりにまたかけて」と言う。「はぁ?」と言う間もなくガチャン!と切られてしまった。

何だよ。せっかく急いで帰ってきたのに…。もっとのんびりすりゃ良かった。

どうも話によると、その本国からの返答というのが、郵送で送られてくるらしいのだ。一体何時代だよ…。Emailでポン!じゃダメなのか?

で、2日後もう一度電話した。すると、「Not yet」のたった二言でガチャン!
くっそー!
嫌になってきたが、ここで我慢しないとトルクメニスタンに行けない。トルクメニスタンに行けないとその先の中央アジアにも行けない。何とか耐えねば…。

電話かけてはまだと言われを3,4回繰り返して、結局本申請できたのは、仮申請の22日後である。
しかもそんだけ時間と金(51US$)をかけたにもかかわらず、くれたのはたった5日間のビザ。チャリをアピールすれば7日くらいくれるという噂は聞いていたので頼んでみたが、無駄だった。
その上入国日を申請の時点で指定しなければならない。トルクメニスタンは5日で横断するのにギリギリの大きさである。ってことは、今決める入国日から1日でも遅れたら、横断はほぼ不可能だ。2ヵ月後、3700km先の予定を日単位で決めるなんて、10m先の針の穴に糸を通すようなもんである。

テヘランで取ればそんなに悩まなくてもいいのだが、テヘランでビザ待ちしたくないし、そのイランのビザ期限の問題もある。やはりここで取った方が無難だ。
仕方なくトルクメニスタン国境に着くまでのトルコとイランのルートおよび日程について詳細に検討を重ね、その結果、「キリがいいから」という実に理論的な理由で、6月1日が入国日として導き出された。

結果的には、見事に5月31日に国境のイラン側に到着し、翌日無事にトルクメニスタン入国を果たした。イラン側で出会ったスイス人2人組チャリダーと入ったが、この日は他にも別な国境からトルクメに入ったチャリダーがいた。やっぱみんな同じ事を考えるんだな。
だってキリがいいもん。


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イスタンブール発ベオグラード行きバルカンエクスプレス。


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サラエボのバスターミナル。中心部へ出るのに小銭が必要なのに両替所も無い。


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第一次世界大戦のきっかけとなったサラエボ事件が起きたプリンツィプ橋。
ここでオーストリア・ハンガリー帝国の皇太子がセルビア人に暗殺され、その後オーストリアがセルビアに対して宣戦布告して第一次大戦が勃発。


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旧国立図書館だったかな?


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銃撃の痕。サラエボには内戦の爪痕がたくさん残ってる。


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スナイパー通り。内戦時、この通りで動くものは全て狙撃されたと言う。


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1984年サラエボ五輪の会場。今は墓場。墓標には1994とか1995といった新しい数字しかない。


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ボスニア南部の都市モスタル。この橋は一応世界遺産らしい。


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モスタルはサラエボ以上に内戦の痕が残っている。


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ドブロヴニク旧市街。迷路みたい。


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城砦から見た旧市街。


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スルジ山の山頂から見た旧市街。アドリア海の真珠と呼ばれているらしい。


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内戦で破壊されたロープウェイの駅。


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コトルの街。ドブロヴニクに似ている。
周辺の海岸はめちゃくちゃ景色がいい。フィヨルドみたいな地形になっていて、複雑な入り江の一番奥にこの町がある。


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モンテネグロからアルバニアかマケドニアに行こうと思ったが、バスが無いと言われたのでベオグラードに戻る。
1999年のNATOによる空爆で破壊された建物。


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セルビア正教会の総本山、聖サワ大聖堂。西欧の聖堂とはだいぶ違う形。


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スコピエ発ソフィア行きバス。
旧ソ連以外の東欧では、セルビア、マケドニア、ブルガリア、そしてボスニア・ヘルツェゴヴィナ内のスルプスカ共和国(セルビア人共和国)でキリル文字が使われる。


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ソフィアにあるアレクサンドル・ネフスキー寺院。
今まで見たキリスト教建築の中で一番カッコいいと思った。
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by hide_o_81 | 2007-12-23 22:22 | 振り返る ~ヨーロッパ編~  

トルコ イスタンブール後半

二人を見送った後、宿を移った。
Tree of Lifeという宿。

所謂日本人宿ってやつで、宿泊者はほとんどが日本人。
海外に行ってなんで日本人と過ごさなきゃならんのか?って言う人もいるが、旅が長くなるとどーしても日本人と話したくなるのである。それに、海外にいる日本人ってのは様々な経歴を持った人が多く、自分の知らないいろんな話が聞けて結構ためになる。とりわけここイスタンブールは、東西南北あらゆる方向から旅行者がやってくるので実に面白い。

宿代はイスタンブールで一番安いらしい。かの『地ナントカの歩き方』は、最近は安すぎるという理由で載せていないとか。

シングルとかツインとかは無い。
10人部屋のドミトリー(相部屋)が男女1つずつあって、定員は20名。宿が入っているビルディングの最上階(4階だけど)には、談話室があり、日本語の漫画やガイドブックが大量に置いてある。ここには、朝6時くらいから夜の2時、3時くらいまで、たいてい誰かがいる。
最初にこの部屋に入った時は、タバコのせいで部屋が煙たく、その中でまだ昼前なのに10人くらいの旅行者が漫画を読みふけっていた。
何じゃこりゃ。この雰囲気にはなじめなさそう…。来なけりゃ良かった…。
何しろあまりの雰囲気の悪さに、その10分後にはそこに混ざってゴルゴ13を読み始め、結局その日はどこにも出かけずに終わり、その後も毎日雑談やらトランプやら漫画やら楽しく過ごし、最終的には合計28泊もしてしまったほどだ。
ま、住めば都って言うしね。

イスタンブール長期滞在の目的は、トルコ東部の春待ちとこれから行く国々のビザ取得である。イラン、ウズベキスタン、トルクメニスタンのビザを取った上、勢いに乗って中国ビザも取ってしまった。その中国ビザは入国期限に間に合わずに無駄になり、結局タシケントで取り直す羽目になったのだが…。

ビザ取得以外にも、旧ユーゴに遊びに行ったり、地図をイギリスから取り寄せたり、スペインから日本に送ったテントをまた呼び戻したり、タイヤ交換をしたり、MP3プレーヤーを買ったり、靴下を買ったり、スティックのりを買ったり、橋を見に行ったり、無駄に散歩したり、たまには観光したり、UNOしたり、ダハブゲームしたり、バックギャモンしたり、どーでもいい話したり、真面目な話したり、スラムダンク読んだり、『倫理』読んだり、ネットしに行ったり、晩飯の買い出しに行ったり、サバサンド買いに行ったり、ビール買いに行ったり、ワイン買いに行ったりと、超多忙な日々を送った。

ちなみにこの時期は学生の卒業旅行シーズンだったので2,3泊だけして去っていく人が多かったが、長期滞在の古参組も何人かいて、僕の28泊なんかはせいぜい前頭筆頭くらいのレベルであった。

結局2月26日にイスタンブールに着いて4月12日に出発するまで、ほとんど自転車には乗らなかった。特に3月の走行距離ははわずか1.07kmで、しかも押して歩いただけなので全くペダルをこいでない。


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アヤソフィア。ブルーモスクと対峙するように建っている。
当初はキリスト教の聖堂として建てられたが、後にイスラム教のモスクに転用された。


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アヤソフィア内部。キリストとイスラムがごっちゃになってる。
正面の祭壇みたいなのは、メッカの方向を示すミフラーブ。その上のドームには聖母子が描かれている。調査団が漆喰を剥がしてみたらでてきたらしい。


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公園でぼーっとしてたら、地元の小学生が声をかけてきた(ちょっかい出してきた)。


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木曜バザール。
隣国からの密輸品(酒とか豚とか)も売られている。


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イスタンブールのヨーロッパ側の、さらに新市街と旧市街を結ぶガラタ橋。無数のおっさんたちが毎日釣りしてる。
この橋は跳ね橋になっていて、夜中に上がると聞いてみんなで見に行ったがガセネタだった。


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礼拝中。こんなに光があふれるモスクは珍しい。


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オルタキョイ。橋はヨーロッパ側とアジア側を結ぶボスポラス大橋。


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トルコ建国の父アタテュルクの巨大肖像画。
政教分離の原則を元にトルコの西欧化、近代化を進めた人物。彼がトルコ語の文字をアラビア文字(ふにゃふにゃ)からラテン文字(ABC)に変えてくれたおかげで楽にトルコを旅することができる。


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新市街の繁華街、イスティクラール通り。
すっごい人の数だが、この真ん中を市電が通る。


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ガラタ塔からの眺め。南側。
手前が新市街で奥が旧市街。それを繋ぐのがガラタ橋。
左の方にボスポラス海峡、その向こうにアジア側がある。


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ガラタ塔からの眺め。西側。
塔に登るといろんな所からアザーンが聞こえてきて異様な雰囲気。
新市街と旧市街を分けるのは、川じゃなくて金角湾という細長い湾。


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夜。ガセネタに騙された帰り。


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早朝のブルーモスク。


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早朝のトラム通り。何十回と歩いた道。


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早朝のトラム駅。
トルコ語では、「I」と「i」は同じ文字ではない。点があるのと無いのとでは違う。「I」の小文字は「i」から点を取った文字である。じゃあ「i」の大文字は何かというと、「I」の上に点を付けた文字である。発音は、「i」は「イ」だが、「I」はイの口で「ウ」らしい。
だから「Istanbul」という綴りは英語では正しいが、トルコ語では誤りで、正しくは「I」の上に点が付くのである。
ちなみにトルコのパソコンのキーボードでは、他の国の「i」の位置(つまりuとoの間)に「I」があり、「p」の右辺りに「i」がある。だから「い」と入力しようとしてuとoの間のキーを押しても「い」にはならない。実に面倒だ。
まぁでもアラビア文字じゃないだけ助かる。


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バザールとバザールの間の道。何度も迷った。


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行きつけのサバサンド屋。
サバサンドってのは焼いたサバと数種類の野菜をパンに挟んだだけというイスタンブール名物。魚に飢えてたので実にうまかった。港に近い観光用のサバサンド屋は3リラ(270円)だが、宿から近いこの店は1.5リラ。ほとんど毎日買いに行ってた。


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Tree of Lifeのドミトリー。合宿所ではありません。


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Tree of Lifeの談話室。部室ではありません。
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by hide_o_81 | 2007-12-23 00:44 | 振り返る ~ヨーロッパ編~  

トルコ イスタンブール前半、カッパドキア

ロバートも言っていたが、確かにトルコの犬はチャリダーの間ではかなり評判が悪い。
先人たちの日記を読むと、
よだれダラダラ垂らした明らかに悪い病気を持った犬の大群が、吠えながら物凄い勢いで追いかけてきて、リアのサイドバッグに「ガブッ!」。棒でいくらひっぱたいても離れず、引きずられても咬みついたまま。うまく追い払っても、バックは穴だらけ。
らしい・・・。

僕は狂犬病のワクチンなんて打ってない。だって金も時間もかかるし、めんどくさいし・・・。
とにかくそんな犬に足でも咬みつかれたら、発病するまでに日本に帰れてもその後確実に死が待っているというわけである。
絶対に咬みつかれるわけにはいかない。


ギリシャの出国側で、さっそく凶暴な犬に追いかけられた。かなり興奮してギャンギャン吠えてくる。めちゃくちゃ怖い。誰かが追い払ってくれたが、先が思いやられる・・・。
恐る恐る国境の橋を渡り、トルコ側へ。
そこにいたのは、狂った犬ではなくて眉毛がつながった入国管理官のおっさんだった。
「おい、車検証はどうした?なーんつってね!ギャハハハー」
とか言ってる。

何じゃそりゃ・・・。


結局国境にもその後の道のりにもやばそうな犬はおらず、イスタンブールの手前で武器を捨ててしまった。それどころか、トルコで、というか日本まで一度も犬に襲われることはなかった。追いかけられることは何度もあったけど。

だから狂犬病には感染してない。はず・・・。


トルコはどんな田舎の村にもモスクがあった。
礼拝の時間になるとトルコ人が一斉にモスクに向かう。そしてミナレット(尖塔)のスピーカーからは大音量でアザーンが流れる。そのアザーンが実に心に響く。
おぉ、イスラム!
初めてのイスラムにちょっと興奮。


トルコ名物の嫌がらせ的アップダウンに苦しめられながらも、どうにかイスタンブールに着いた。実は出発した直後は、あまりの寂しさと先の長さに、イスタンブールまで頑張ってあとは電車で帰ろうと思っていた。でも気付けばもうそのイスタンブールである。
これなら日本まで走れるんじゃねー?もうちょっと頑張ってみるか。
ってことでその後もチャリで走り続けたわけである。


イスタンブールには友人2人が来ていた。修士論文を提出した後に、地中海に浮かぶ島国マルタに行ってフルマラソンを走ってからここに来たという奇人と変人である。

イスタンブールに着いて最初の1週間は3人で過ごした。
イスタンを一通り観光した後、夜行バスでカッパドキアへ。
普通なら現地でツアーを組んで周るらしいが、奇人と変人とチャリダーはそんな軟派なことはしない。1日目はレンタサイクルで近場を回った。アップダウンとボロいチャリに悩まされてなかなかハードであった。
そして2日目、20km離れた地下都市へ行くことになった。そこはあのボロ自転車で行くにはちょっと遠い。そこで国立大学の現役大学院生(とチャリダー)が熟考に熟考を重ねた上で決断した交通手段はズバリ・・・

徒歩!!

バス?甘い!
レンタルスクーター?女々しい!
男は歩きじゃー!!

カッパドキアの中心都市ネヴシェヒールからカイマクルの地下都市まで、乾いた台地をひたすら歩く。当然ながらなかなか進まない。はっきり言って走ったほうが楽である。他の2人にとっては20kmなんてのは日常的に走っている距離だし、僕だって2,3年前ならどうってことない距離だ。でも何だかんだで結局最後まで歩き続け、走れば2時間もかからないところを5時間くらいかけて歩ききった。最後の方はかなりダルダルだったが、ずーっと話しながら歩いたので楽しかった。

で、やっとたどり着いた地下都市。なかなか面白かったけど、そこまで辿り着く過程の方がずっと楽しかったのであまり印象に残ってない。

ちなみに帰りはもちろんミニバスの中で爆睡である。


イスタンブールに戻って数日後、彼らはバスでアテネに向かった。そしてマラトンの丘からパナシナイコスタジアムまで、アテネ五輪のマラソンコース42.195kmを走ったらしい・・・。


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Welcome! って何も無いんすけど・・・。


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地図上でその日走った道を赤マジックでなぞるのが楽しみ。


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イスタンブール・ブルーモスク到着!


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イスタンブールの地下宮殿。イスタンにはこんな地下宮殿(貯水池)がたくさんある。日本人宿Tree of lifeのすぐそばにもあって、入場料はタダ。


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カッパドキアにて。某スーパー銭湯の宣伝。
バカですねぇ。


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キノコ岩。


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ローズバレー。


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ローズバレー。夕方。


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洞窟ホテルにて。
腹筋ローラー1日100回は欠かさない!
だそうです。


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20kmの遠足。
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by hide_o_81 | 2007-12-21 00:07 | 振り返る ~ヨーロッパ編~  

ギリシャ

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バーリから16時間くらいの航海の後、ギリシャはパトラに到着。
街は当然ながらギリシャ文字だらけ。んでも数学で使った文字ばかりなので読めないこともない。読めても意味はわからないけど。そもそもギリシャ人は案外英語を話すからそんなに苦労しない。今回行った国の中では最も英語の通用度が高いと思う。おかげでギリシャ語はほとんど覚えずに済んだ。言い換えると、覚えるチャンスを逸した、だけど。

アテネにはバスで往復した。
とりあえずパルテノン神殿があるアクロポリスの丘に行く。日曜日なので入場料はタダだ。つーかタダだから日曜日に行った。
パルテノンは・・・、うーん・・・。
確かに綺麗だった。それはそれは綺麗に修復してあった。クレーン使って・・・。
タダの日に来て良かった。
丘からの眺めは良かったけど、それならリカヴィトスの丘の方がもっと良い気がする。


翌日、古代オリンピック発祥の地オリンピアへ。スタジアム跡で、『深夜特急』みたいに他の旅行者と競走でもしちゃおっかなと思ったが、人っ子一人いねー。一人で寂しく走る。そして192mに30秒もかかる。
ちなみにこの半年後ギリシャ一体が山火事に見舞われ、この遺跡を消防士が走り回ってた。彼らの方が速かったりして。


パトラを出て2,3日は景色が良かったが、北部は天気も悪く退屈になった。上の地図では北部でエーゲ海(Agean Sea)に沿って走っているように見えるが、この海はエーゲ海はエーゲ海でも北端なので、あの燦々と降り注ぐ太陽、青い海、白い家なーんていういかにもギリシャな風景は全く見られない。あれはずっと南のキクラデス諸島とかそっちの方である。

また、この頃は頭の中はイスタンブールで一杯だったので、メテオラの修道院には目もくれず、テッサロニキも1泊しただけで素通り。結局イスタンブールまで13日連続で走り続けた。

トルコに入る前日、リカンベント(ふんぞり返って乗るスタイルのチャリ)で日本から走ってきたニュージーランド人ロバートに会った。道の脇の空き地にアンパンマンのシートを広げて昼飯を作っていた。彼は流暢な日本語で、
「トルコ人は最高に親切デス。」
と言った。うーん、楽しみだ。
だがこうも言った。
「でも、トルコはアップダウンがメッチャ厳しいデス。世界一厳しいデス。」
え?マジで?さらに、
「アト、犬も厳しいデス。国境越えた瞬間襲ってキマス。武器持ってないとタブンやられマス。」
と付け加えた。
え?ギリシャでさえ結構犬怖いんですけど・・・。
狂犬病のワクチンなんて打ってないんですけど・・・。

その後必死に武器を探した。
翌日、国境の10km手前で手頃な木の棒を見つけ、それをリアの荷物に装備し、気合いを入れてトルコへ向かった。


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パルテノン神殿。敢えてこのアングル。


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アクロポリスの丘からの眺め。天気が良ければ海も見えるらしい。
トンガリ山はリカヴィトスの丘。


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近代オリンピック発祥の地、そして2004年アテネ五輪マラソンのゴール地点であるパナシナイコスタジアム。パルテノンよりこっちの方が印象的だった。


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オリンピア駅。駅名表は「ΟΛΥΜΠΙΑ」。


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オリンピア遺跡。見事。


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聖火台。聖火リレーのスタート地点。


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古代五輪のスタジアム。


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えー?あそこ登んのー?


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バルカン半島とペロポネソス半島の間の海。


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いいなぁ。こういうとこ住んでみたい。ちょっとだけ。


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内陸に入る。
ポルトガルからずっとそうだけど、山にはあんまり高い木は生えてない。


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5ミクロン以上の奴は通行禁止!?
んな訳はなくて、μは「ミ」ューだからm、つまりメートル。
わざわざ英語を併記したばっかりに・・・。
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by hide_o_81 | 2007-12-19 22:50 | 振り返る ~ヨーロッパ編~  

イタリア

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イタリアに入ってちょっと驚いた。
オート三輪がたくさん走ってる!
フィアット500もたくさん走ってる!

しかし一番驚いたのは、ローマの70km北、チヴィタヴェッキアで見つけた支倉常長像だろう。400年も前にローマ法王に会いに来た同郷の偉大なる先人である。むしろ先輩である。まさかこんな所で会うとは思わなかった。めちゃくちゃ嬉しかった。
イタリアで一番感動した。


ジェノヴァの手前で、フランス人チャリダー、アレックスと出会った。彼はパリから北京まで。同志だ!アジアはほとんどルートが同じだが、ヨーロッパは微妙に違うので半日だけ一緒に走って別れた。そしてこの半年後にキルギス・オシュの宿でばったり再会した。中国でまた一緒に走ろう!ってなったが、僕がビシュケクでダラダラしてしまったために約束果たせず。ゴメン・・・。


イタリアは観光資源に溢れてはいるが、正直イマイチだった。歴史的な建築物やら遺跡やらがたくさんあるけど、もうこの頃にはヨーロッパに飽きてきてどの建物も同じに見えた。歴史や建築物についての知識があればめちゃくちゃ面白いんだろうけど、あいにくどっちもよく知らない。ただ古くせぇなぁって感じ。ローマ・カトリックもなんか胡散くせー。むしろ古い物や文化が残りすぎているせいで、実に不便な思いをした。古けりゃいいってもんじゃねーべって思う。
例えば石畳なんてのは、騒音や排気ガスを余計に出し、車の寿命を著しく短くさせ、交通の流れを滞らせるだけの邪悪な道としか思えない。メリットはただ景観が良くなる(僕はそんなに良いとは思わない)ってだけ。実に無駄。チャリダーにしてみれば、あんな固いボコボコ道走るくらいならダートの方がまだマシである。


つーかこの国自体あんまり印象がよくない。
サッカーが強いとか、高級ブランドが多いとかそんなイメージで得してる国って感じ。実際たいした国じゃないのに。
治安は悪いし、未だにマフィアが幅を利かしてるし、街は落書きだらけだし、信号は平気で無視するし。どれも特に南部が酷い。少数ながら東洋人をバカにする奴もいる。

これが途上国ならそのくらい別に普通である。ヨーロッパの先進国という基準で見るからダメな国という印象になってしまうんだろう。
この国は発展途上国という基準で見たほうがいいかもしれない。

ま、もっとちゃんと歴史を勉強すれば面白い国なんでしょうね。



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寒かった・・・。


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その名も「白い峠」。たかだか600mだけどきつかったー。
下りは寒くて死ぬかと思った。


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はい、ピサの斜塔。
斜塔を支えるポーズで記念撮影!
なんて死んでもやりません。


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ピサの町。なかなか味わいのある町だった。


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ピサから列車でフィレンツェに遊びに行く。
汚ねー。落書きされてない電車なんてほとんどない。
ポンペイに行く電車は窓の落書きで景色が見れなかった。


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フィレンツェのドゥオーモ。隣のジョットの鐘楼のてっぺんから。
こうやって写真で見ると結構でかいが、もっとでかいと思っていたのでガッカリした。


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支倉常長像。これを見なければイタリアに行った意味ないっすよ。


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フォロ・フォマーノ。
ローマの街の真ん中にこんなのが残ってるのはまぁスゴイと思った。雰囲気も良かったし。
他にもローマの見所は行ったが、ここ以外はイマイチ。
コロッセオは別に何も感じなかったし、天窓だけが唯一の光源というパンテオンは堂々と蛍光灯つけちゃってるし。トレヴィの泉なんてのは人ウジャウジャで近寄りがたい。「泉に後ろ向きでコインを投げるとまたローマに来ることができる」なんていう言い伝えがあるらしいが、別にそんな憧れる街でもないし、その上から目線なのが気に入らない。「タダで来ることができる」なら投げるけど。
「心に偽りのある者は手が抜けなくなる」という真実の口。実際に手を入れて「ぎゃー!」なんて死んでもやらない。つーかそもそも行ってもいない。
あ、街の北のボルゲーゼ公園は良かったかな。日向ぼっこするのには最高。


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バチカン方面。
サン・ピエトロ寺院が見える。一応イタリアとは別な国。


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サン・ピエトロ寺院の内部。確かに綺麗ではあるけど。
寺院の前庭に座ってみかんを食べたのが思い出。
ちなみにバチカン周辺の土産屋にはローマ法王グッズがたくさんある。ポラロイドやら、ペンダントやら、ポスターやら。北朝鮮に金親子、トルクメニスタンにトルクメンバシュ、バチカンにはローマ法王あり!と言わんばかりに。ルーフ・ナーマが無い代わりに聖書がある。


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ヨーロッパはやたらと路駐が多い。神業のような縦列駐車だが、スマート(赤いやつ)だけは関係ない。


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ナポリ。
「ナポリを見てから死ね」って誰かが言ったらしい。
まぁ綺麗っちゃー綺麗か。
でも街に下りるとクラクションの嵐。


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ポンペイの競技場跡。
観客席の上半分が草に埋もれてるのが印象的。


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南イタリアの丘陵地帯。アペニン山脈の南端になるのかな。


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バーリという町からフェリーに乗ってアドリア海を渡る。
アルバニア、クロアチア、モンテネグロに行きたければ左、ギリシャに行きたければ右。
と言いつつ右折onlyの標識。
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by hide_o_81 | 2007-12-18 19:38 | 振り返る ~ヨーロッパ編~  

南フランス&モナコ

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フランスに入るとちょっと景色が変わった。
田舎なのには変わりはないが、スペインよりちょっと緑は増えた気がする。気候は今までずーっと快晴だったのに、フランスは雲が多くどよーんとしている。

人も変わった。スペイン人と比べてなんとなくクールだ。そしてなんとなく都会人臭くなった。全然都会じゃないけど。

そんな感じで、フランス前半のラングドック・ルシヨンというエリアはどうもパッとしない所だった。唯一モンペリエの近くの湿原で見かけたフラミンゴには感動したが、それについてはフランスにいた時に力説したので省略。


フランス南部で最大の都市、マルセイユ。バターサンドみたいでなんとも上品な名前だが、実は治安が良くないらしい。国際港がある街はたいてい治安は悪いが、ここは地中海の向うの北アフリカ諸国との船便がたくさんでているので一層やばい(と思ってしまう)。僕は郊外のYHに泊まったため市内は通過しただけ。今までのヨーロッパの町とはちょっと違う雰囲気で面白そうではある。


マルセイユ以降はコート・ダジュールの海岸線をなぞるように走る。海は綺麗だし、のんびりした小さな村もたくさんあって気分がいい。世界の著名人達の別荘もたくさんあるらしい。そのくせ、ヨーロッパの他の地域と同様に犬のウンコがたくさん落ちてる。
それを踏んだ上、直後に自分で吐き出した痰がその右の靴にかかったのはこのエリアである。

カンヌを通過してニースへ。ここでも5泊。
このニースのYHには、なぜか次から次へと日本人がやってきてかなり楽しかった。毎日ワインばっか飲んでた。そのせいでニースでは駅とネットカフェとスーパーくらいしか行かなかった。有名な美術館があるらしいけど元々興味ないから別にいい。ビーチで昼寝できなかったのが唯一の心残りかな。

モナコまでは列車で15分。結局モナコへは3回も行った。1回目は普通に。2回目はWRC(世界ラリー選手権・ラリーモンテカルロ)観戦。3回目はイタリアに抜けるときにチャリで通った。
F1コースは歩いて2週、チャリで半周した。

WRC観戦は、実は最初っから狙ってた。今年はアニバーサリーとかで、特別にF1コースの下半分を使ってスーパーSSをやるという情報を、日本にいた時に入手していたのである。これは観ないわけにはいかない。モロッコに行かなかったのはこれのためでもある。

しかも、前日に知ったのだがチケットは不要。つまりタダ!F1はコースが少しでも見える所はチケットが必要らしいが、WRCはどこで観てもタダ!太っ腹!

感想はやはり前に書いたので省略。
とにかく、ニース&モナコは楽しかった。


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セート(Sete)という町の南の10kmくらい続く砂州を走る。
福島の松川浦に似ているが、ここは道路の脇をTGVが走るからやっぱり違う。


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フラミンゴ。この後飛んだのだが、残念ながらその写真はない。


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アルルの宿の部屋から。ローヌ川が目の前。


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アルルにある、ローマ時代の劇場だか何だか。コロッセオみたいなのもあるが、イマイチ面白くない。


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並木道。


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マルセイユの旧港。


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コート・ダジュール。ここもTGVが走る。


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カンヌの手前。


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ニースの街。


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モナコ。
ホームストレート。


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第一コーナーを抜けてカジノに向かう登り。


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カジノからの下り。ポルシェやらフェラーリやらがうじゃうじゃいる。
たいていF1コースをぐるぐる回ってる。


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世界一有名なヘアピンカーブ。


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チャリで。


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オンボード映像。


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ヘアピンのあと。海のぶつかったところで右折してトンネルへ。


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最終コーナー。


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FIAT500ゼブラ仕様。


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モナコ全景。西洋の熱海・・・。


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ラリーカー。


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全開走行中。


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勢揃い。


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バックパック型おんぶマシーン。ルーフつき。


TOPの右上の画像を変えてみた。
イランで撮った写真。黒い・・・。
ちなみに標識の「80」の上の記号はペルシャの数字。
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by hide_o_81 | 2007-12-14 17:35 | 振り返る ~ヨーロッパ編~  

スペイン バレンシア・カタルーニャ地方

年越しはアリカンテという町で迎えた。大勢の旅行者と過ごしたクリスマスと違って、アラブ人がやたら多い怪しげな安宿での寂しい年越し。

一晩中爆竹やら爆音スピーカーやらが鳴り、ぎゃーぎゃー騒ぐバカもいてほとんど眠れなかった。しかも朝になって外に出ると街中ゴミだらけ。誰が片付けんの?
ヨーロッパの印象がかなり悪くなった。
やっぱ日本の年越しが静かでいい。


1月2日、バレンシアに到着。
地元の人達に混じって公園で日向ぼっこ。みかん食べながら本を読む。ヨーロッパではこうやって過ごすのがめちゃくちゃ楽しかった。それで半日つぶれることも少なくなかった。


宿の近くで奇妙な店を見つけた。
スペインでは(イタリアも)店の名前には「~eria」が付く事が多い。魚(Pescado)屋なら「Pescaderia」、靴(Zapato)屋なら「Zapateria」、ピザ屋は「Pizzeria」だし、喫茶店はもちろん「Cafeteria」だ。

その見つけた店の名前を見て笑ってしまった。

「Susheria」

スシェリア…。

寿司屋……。

さっそく突撃してみる。
店の外観は趣味の悪い日本風。なのに自動ドア。
カウンターとかは無く、巨大なガラスケースだけがあって、そこで惣菜でも売るようにSushiがギンギンに冷やされて売られている。どんなネタが置いてあったかは残念ながらほとんど覚えていないが、少なくともSushiと野菜サラダのセットはあった。Miso soupもちゃんと冷やされていた。

そして店の主人がまた奇妙だった。一見日本人だったので、いくらですか?と聞くが通じない。なんだ、見た目だけ日本人か。
よく見ると、わざとらしく頭に巻いている日本鉢巻が上下反対であった。何て書いてあったか忘れたが、せっかくのスタイリッシュなKanjiが逆さまである。彼が某高校の応援練習に参加したら、真っ先に野次が飛んできてプールサイドで3年生全員と向き合って正座させられるに違いない。

うーむ、店の写真を撮り忘れたのが悔やまれる。


バルセロナに近づくにつれて、道路標識がスペイン語とカタルーニャ語の二言語表記になった。この辺りはスペイン語と共にカタルーニャ語が公用語とされている。だが、カタルーニャ人の民族意識はかなり強く、たまにスペイン語の表記が黒く塗り潰されてるのを見る。逆にカタルーニャ語が塗り潰されてるのも見る。ちょっと面白い。

バルセロナでは5泊。
サグラダ・ファミリア教会のしたのベンチで日向ぼっこ。実に贅沢だ。他にもガウディ作のヘンテコな建物がたくさんあって、なかなか楽しい街。

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バレンシアの公園。


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カディスという町からずっと続いてきたN340号線の1000km地点。


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ape50。


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バルセロナ手前の海岸線。


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バルセロナのカテドラル(大聖堂)。


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サグラダ・ファミリア。これは東側。
西側にもう1セットあって、その間にもっとデカイ塔を建設中。


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これが西側。新しいのでのっぺりしている。
この看板はカタルーニャ語。「c」の下に「,」みたいなのがつく文字はスペイン語には無い。


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グエル公園。変なモニュメントがたくさんある。ガウディが作ったらしい。
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by hide_o_81 | 2007-12-12 22:43 | 振り返る ~ヨーロッパ編~  

スペイン アンダルシア地方

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相変わらず孤独な日々。

セビーリャからは南に向かう。広大な丘陵地帯を抜けると、海の向こうにアフリカ大陸が見えてきた。当初は船でモロッコに遊びに行く予定だったけど、めんどくさくなってやめた。

コスタ・デル・ソルという綺麗な海岸線を走っていると、車に乗ったスペイン人に声をかけられた。どうもチャリで世界のいろんな所を走ったことがあるらしく、日本にも行ったという。その日はそのジョナサンの家に泊まった。

家では世界中をサイクリングしたときの写真を見せてもらった。
全部楽しそうだった。常に楽しそうだった。
今の自分とは全然違う。今の自分は、長い、きつい、寂しい、そんなことばっか考えててあんまり旅を楽しめてない。
そうか、もっと楽しまないと。

翌日はクリスマスイブ。ジョナサンはマラガの手前まで一緒に走る!と言い出した。おぉ、なんてアツイ男なんだ…。

60kmほど共に走ると、そこに奥さんと生まれたばかりの赤ちゃんが待っていて、みんなでランチ。クリスチャンにとって特別な日であろうクリスマスイブに、得体の知れない東洋人と過ごすか?普通。

しかしジョナサンのおかげで今後の旅が楽しくなりそうだ。

ちなみにその後の彼からのメールによると、その小さい子供がついにチャリデビューを果たしたという。ジョナサンのチャリの後部に乗せて走っただけだが、デビュー年齢はなんと2.5ヶ月!しかもそのチャリはロードレーサー。なんつー熱血チャリ親父だ!


ピカソの故郷マラガでクリスマスを過ごす。世界中から来た旅行者とパーティー。でもみんな英語がうまくて、僕は一人わかったふり。


サロブレーニャという綺麗な白い村が気に入って予定外の連泊。
迷路のような路地を歩き回り、疲れたら宿の屋上で日向ぼっこ。至福の時。


アンダルシアはほぼ毎日快晴。雲ひとつないスーパー快晴。
道も広いし、景色はいいし、オレンジ畑の中は走るだけでオレンジの匂いがぷーんと香ってくるし。
サイクリングにはいい所かも。

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セビーリャの西。


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アクエリアスコーラ味。
ちなみにスペインやポルトガルのマックではドリンクにビールが選べる。


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ヨーロッパ最南端のタリファ(ジブラルタルは最南端ではない)。
アフリカが見える。


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ここらへんは風が強い。


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スペイン一アツイ男ジョナサン。


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マラガの街。ピカソ発見!


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一応生きた人間です。


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誰んち?


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サロブレーニャ全景。


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サロブレーニャの町①


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サロブレーニャの町②


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サロブレーニャの町③


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近道!と思ったら予想外の山道。
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by hide_o_81 | 2007-12-10 23:40 | 振り返る ~ヨーロッパ編~