イラン東部

テヘランからはまた一人になった。
ロバートは、エルブルース山脈を越え、カスピ海経由でトルクメニスタンへ向かった。彼とはその後会うことはなかったが、僕よりも1ヶ月以上早く北京にゴールしたらしい。
ジョズィは、テヘランで中央アジアのビザを取るためしばし停滞。その後タジキスタンのパミールを越え、中国・カシュガルに着いた所で僕と偶然再会。そこからチベットに入り、1/5現在バングラデシュにいるらしい。2009年に初来日する予定。家の前を通ったら泊めてあげましょう。


カヴィール砂漠をひたすら東進。
だんだん暑くなってきた。
人は相変わらず。大部分の親切な人と、一部のどうしようもない連中。そのどっちかしかいない。

9日間淡々と走り続けてマシュハドに到着。
イランの国教であるシーア派十二イマーム派の聖地である。
街の中心にあるエマーム・レザー廟(ハラム)では、熱心な信者たちが一心不乱に祈りを捧げ、泣き叫び、それはそれは凄まじい世界が展開されている。ここほど強く「宗教」を感じた場所は他にない。衝撃だった。


イランには、ビザ期限ギリギリの30日間滞在した。
イラン人のフレンドリーさのおかげで最初の印象はかなり良かったのだが、手のつけられない連中が現れるにつれてだんだんと印象が悪化。終盤には一刻も早くイランを出たいと思うようになった。最終的にはイランは最悪だと思うようになってしまった。これから行く予定だった人にも、あんなとこ行くもんじゃねー!なんて言ってた気がする。

が、今こうやって振り返ってみると、嫌なことよりも楽しかったことの方が圧倒的に多いことに気付いた。出会ったイラン人のうち、95%以上は親切な人だった。
あの時はもう2度と来ねー!と思ったけど、やっぱイランって結構いいかも。


日本では(ヨーロッパでもそうらしいが)メディアの影響で「中東=危険」という先入観がこびりついていて、しかもイランとイラクの区別がつかない人がたまにいるもんだから、イラン大丈夫なの?などとよく言われるが、はっきり言ってイランはそれほど危険な国ではない。日本と比べると若干変な奴が多くて、車に轢かれる確率も500倍くらい高いかもしれないが、犯罪に巻き込まれることなんてほとんどないと思う。僕がイランで一番身の危険を感じたのは、ハチミツ農家の隣にテントを張ろうとしてミツバチの大群に襲われた時である。


ちなみに。。。
10月に日本人大学生が拉致されたバムは、僕が通った道からは遠く離れた南東部にある(2つ前の投稿の地図参照)。
エスファハーンからそのバム、ザへダンを経て直接パキスタンに抜けるルートは、アフガニスタンにソ連が侵攻して以来ずっとアジア横断のメインルートになっている。近年中央アジアのビザが取りやすくなったため中央アジアルートがだいぶメジャーになってきたとは言え、そのルートを利用する人もたくさんいる。

当然僕もそのルートを通ってパキスタンから中国に入るプランも少し考えた。中央アジアに興味があったので元々そんなに乗り気ではなかったが、トルクメニスタンのビザが取れなかったらそのルートしかないし、実際にそこを通ってきた旅行者やチャリダーもたくさんいた。
が、イラン・パキ国境付近の治安が悪いのは有名な話で、危ない所には行きたくない僕は絶対通りたくない道なのである。

事件が起きたのが国境から結構離れた、しかも有名観光地のバムというのにはいささか驚いたが、情報収集を怠らなければそれほど危険を感じることなく旅行はできる国である。

と思う・・・。


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アラダンという街でモスクに泊めてもらった。
聖地マシュハドに向かう街道沿いなので、一晩中礼拝する人が出入りしていた。
一生懸命にぶつぶつとお祈りしている脇ではなかなか眠れない。
この写真は朝方近所から集まってきたおっさんたち。
もうちょっと笑ってくれよ・・・。
ちなみにこのアラダンは、アフマディネジャド大統領の故郷らしい。
一般的にイラン人たちのこの大統領に対する評判はあまり良くないが、もちろんここの住民は例外。


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ネズミ捕り中のポリス。
「俺はペルシア語と英語が話せるのに、お前は英語しかできないのはどういうことかね?」
わけわかんねーこと言ってないで、その手に持ってるパスポート返してくれ。


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道はまっすぐ、文字は九十九折れ。


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イラン東部ではこんな風に上下線が離れていることが多い。
対向車線が遠すぎて見えなくなることもあった。


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工事のおっさんたち。
後ろにちょっとだけみえる絨毯の上でチャイを飲んでた。
当然一緒に飲んだ。


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砂漠の中心でパンクを直す。


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TOPページの右上の写真を撮ろうとしてカメラをセットしたら、おっさんが止まりやがった。
「水くれ」と言うのであげたら、ぶふーっ!!と噴き出し、「お湯じゃねーか!コノヤロー」と。
当たり前だろー!暑いんだから。


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トラック野郎一家。メロンを丸々一個もらった。
この子と1時間くらい遊んだ。楽しかった。


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上の一家が去った後、待ち構えていたようにこのおじさんたちがやって来て、
「うち泊まってけよ」
この子はあまりしゃべらない子だった。


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町が見えない。
暑い・・・。



同じ所の動画。


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砂漠の中心でみかんをかじる。


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砂漠。
左の方にぼやっと蜃気楼のようなものが見えるが、当時は本当に湖かと思った。
結局ずーっと砂漠だった。


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偶像崇拝が禁止されているイスラム教だが、シーア派が多いイランではこういうポスターをよく見る。アリー・レザーだか誰だったか忘れてしまった。
つーかイランにはアリーっていう人が多すぎる。
12人の歴代イマーム(シーア派の指導者)のうち4人がアリーだし、僕が会ったイラン人にも3,4人くらいアリーがいた。


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でもイランの顔と言ったらこの2人。
革命を指導したホメイニと、現在のイランの最高指導者メガネイ。じゃなくてハメネイ。
恥ずかしながら、ハメネイはずっと前に死んだ人だと思ってた。
イランを出る3日前にTVでハメネイがしゃべっててびっくりした。


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イラン人はピクニックが大好きだ。
休みの日には木陰にシートを広げて弁当食ってる家族をよく見る。
中には彼らのように野郎だけでピクニックを楽しむ連中もいる。
彼らはチェリーやらチャイやらを振舞ってくれた上、家に泊めてくれた。
親切なおじさんだなーと思ってたら、なんと全員自分より年下だった。
信じられないが全員20代前半である。


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マシュハドのエマーム・レザー廟。
内部は撮影厳禁。行かなければ見られない。


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マシュハド中心部。
ペイカンペイカンペイカンペイカン・・・。
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by hide_o_81 | 2008-01-08 01:40 | 振り返る ~アジア編~  

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